鹿賀駅 – 三江線えき縁日まつり

鹿賀駅について

鹿賀駅の歴史やゆかりのある人物をご紹介します。

鹿賀駅とは

東京からの移動時間距離が全国で最も遠いといわれる、島根県江津市。
鹿賀駅は、江津市の山間の集落に佇む旧・JR三江線の廃駅です。
江の川を渡ると、中国地方の雄大な自然の中にぽつりと姿を見せる駅舎。
緩やかにカーブを描き、行き先が徐々に消えていく線路とホーム。
小さな駅の後ろには石州瓦の家々や寺、神社の鳥居が立ち並んで、集落そのものがジオラマのよう。
鹿賀駅は石見地方の四季情景を映し出す名所として、日本画家や写真家に愛されてきました。

1930年、運行を始めたJR三江線(さんこうせん)。当初は鹿賀地区に列車が停まる駅はありませんでした。3~4キロ離れた隣駅まで通学する子供たちのため、48年2月、駅の設置に向けて住民が立ち上がったのです。全盛期には一日200人が利用していたといいます。

住民たちは署名を集め、山口県や東京都の鉄道関係機関に何度も足を運びました。駅の設置費用の全額を負担し、ホームや駅舎の建設そのものも自分たちで手がけました。49年11月15日、ようやく「鹿賀駅」が完成し、列車が停まるようになりました。鹿賀の人々は長年、掃除をしたり見回りをしたりして、駅を大事に守ってきたのです。

ところが2018年3月末、三江線は廃線に。
この小さな駅に列車がとまることはなくなってしまいました。

鹿賀地区の人口も97人に減少し、高齢化率も48%にまで上昇。鹿賀地区だけでなく、旧三江線沿線のどこの集落も厳しい過疎化の波にさらされていました。「みんなでつくった駅を使って子世代や孫世代が帰ってくる楽しいことをしたい!江の川でつながっていた旧三江線沿線地域を盛り上げたい!」
そんな思いで、鹿賀地区在住・出身の若者たちが企画したのが、この三江線えき縁日まつりです。
旧三江線の35駅どんな駅にも、これからいろいろな可能性があるということ。さあ、次の開催駅はどこになるのでしょう。

松林宗恵

大正9年、島根県江津市桜江町鹿賀(旧邑智郡桜江町)の浄土真宗寺院・福泉寺の五男として生まれる。龍谷大学、日本大学芸術学部卒。東宝に入社後、戦時中は海軍として出征し、のちに中尉となった。1952年に「東京のえくぼ」で初監督。森繁久彌主演「社長シリーズ」のほか、「連合艦隊」「人間魚雷回天」「世界大戦争」などコメディから戦争映画まで、多岐にわたるジャンルの劇映画68本を監督した。自らの作家性よりも脚本の意図を忠実に撮影する職人気質で知られる一方、仏心を描こうと常に心がけていた。2009年、89歳没。故郷・鹿賀に眠る。

小田野尚之「小さな駅」

鹿賀駅をモチーフとして描いた日本画作品。残雪の中に見える一本の線路と駅を繊細に描写、廃線の寂しさを浮かび上がらせている。2017年、日本美術院の公募展「再興第102回院展」で最高賞・内閣総理大臣賞を受賞した。小田野氏は約10年前から鹿賀駅を訪れ、同駅をモチーフとした「夏の駅」「冬の駅」など日本画数点を描いている。
「広い自然の中にぽつりとある姿が愛らしい。行き先が徐々に消えていく線路の曲がり具合が理想的であった」とする。東京芸術大学美術学部卒。